喧嘩(けんか)の絶えない長屋の夫婦がいた。中国の故事にならい、おかみさんが縫ったのは不満をぶちまける堪忍袋。お互いに不満を吐き出した後はぎゅっと緒をしめる▼言いたいことを言うとすっきりする。堪忍袋は長屋中で引っ張りだこの評判になり、破裂寸前まで膨らんだ。海に捨てるしかないと思っていると、酔っぱらいがやってきた▼制止も聞かずひったくって緒をぐっと引っ張ると、「ばか野郎っ、こんちくしょう、この野郎ーっ…」。飛び出したのは、たまりにたまった罵詈(ばり)雑言。落語「堪忍袋」のオチである▼威勢のよい江戸っ子の言葉よりは上品だが、国会の無策ぶりにまさに堪忍袋の緒が切れたような判決だった。一票の格差訴訟で広島高裁はきのう、昨年十二月に実施された衆院選の広島1、2区について「無効」とする判決を言い渡した▼自民党が圧勝した昨年の衆院選では「違憲」判断が相次ぐが、無効とする判断は初めてだ。選挙結果に過度な配慮をしがちな司法が示した重い判断である。判決は十一月までの猶予を国会に与え、抜本的な見直しを促した▼自民党の改正案は、最高裁に批判された都道府県に一議席を割り振る「一人別枠方式」を事実上、温存したままだ。利害が絡む国会議員に制度改革を委ねるのはもはや無理だ。国会外で第三者機関に任せるしかない。国民の堪忍袋の緒が切れる前に。