ちょうど十年前の三月、イラク軍の戦車部隊の将校は、こんな電子メールを受け取った▼<これはアメリカ中央軍からのメッセージです。ご存じのとおり、われわれは近い将来、イラクに侵攻することになるやもしれません…もしも貴官が無事でいたいのならば、戦車と装甲車両に隊形を組ませ、そのまま放棄してください>▼メールはイラク国防省のシステムを通じ、数千人の将校に届けられた。米軍のサイバー部隊が秘密のネットワークに侵入し、開戦直前に送り付けたのだ。一発の弾も撃たぬうちから米軍は電脳空間でイラク国防省の奥深くまで攻め入り、心理戦を制した。米軍は実際、整然と並べられた戦車を苦もなく爆破したという▼クラーク元米大統領補佐官らの著書『世界サイバー戦争』によれば、電脳空間での軍拡は激しさを増すばかりだ。他国の発送電や公共交通、金融システムを狂わす準備が進められている。その戦争では、私たちのパソコンが知らぬうちに動かされ武器となり、日常生活が壊される▼そんな悪夢は現実のものとなっている。韓国の銀行やテレビ局が、サイバー攻撃された。韓国は強力なサイバー部隊を持つ北朝鮮の仕業と疑う▼クラーク氏は、民間施設への先制サイバー攻撃などを禁ずる国際条約作りを提唱している。隣国への攻撃は「見えぬ軍拡」に目を凝らすための警鐘だろう。