カトリックの頂点に立つ第二百六十六代ローマ法王が決まった。史上初の中南米出身で、醜聞が続いた教会の再生を担う。信者のみならず世界中から尊敬を集める、その存在の重みに注目したい。
枢機卿百十五人による選挙会議、コンクラーベの五回目投票で選ばれたのはアルゼンチン人のベルゴリオ氏だった。法王名「フランシスコ一世」を名乗る。
中南米は今や、世界のカトリック信者約十二億人の四割強を占める最大勢力である。発祥から脈々と教会の中心でありながら信者離れが著しい欧州に代わり、新しい教会をアピールするのにふさわしい選出といえよう。
近年のカトリック教会は、キリスト教の伝統的な教義を重んじる保守派と、時代の変化への対応を模索するリベラル派の激しい対立が続く。ベルゴリオ氏自身は穏健的な保守派だ。同性結婚や妊娠中絶といった教義と現実との乖離(かいり)や、先代ベネディクト十六世時代に噴出した聖職者の児童虐待、機密文書漏えいなど醜聞へどう対応するのか。それら「内」の問題に加え、「外」にはルーツを同じくするイスラム、ユダヤ教との和解、布教をめぐる中国政府との対立解消も待ち受ける。
ローマ法王は宗教の最高指導者であると同時に、世界約百八十の国・地域と国交を結び国連にも加盟するバチカン市国の元首も兼ねる。この政治と宗教が結び付いた特異な宗教国家の長は、世界中に張り巡らせた大使や司教のネットワークを駆使し、時に軍事力をも超えた絶大なソフトパワーで世界を動かしてきたのである。
八年前に死去した先々代のポーランド人法王、ヨハネ・パウロ二世は、自らの体験から共産主義による思想統制を厳しく批判、東欧のソ連離れを促し、東西冷戦を平和的に終結させた「陰の立役者」といわれた。
その葬儀には、宗派を超えて百カ国以上から国家元首級が出席した。法王の制止を振り切りイラク戦争を始めたブッシュ米大統領は、いち早く駆け付け、法王の遺体の前にひざまずいた。大国で元首が欠席したのは中国とロシアと日本だけであった。反共主義といわれた法王は中ロへの訪問がかなわなかったが、広島を訪れたことはあるのにだ。
日本は信者が人口の1%未満とはいえ、法王の重みにいかになじみがないかを物語っている。一宗教の長を超えた法王の言動を日本ももっと注目すべきである。
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