いよいよ人工多能性幹細胞(iPS細胞)が、ヒトの治療に使われることになる。世界初の臨床研究に日本の研究機関が取り組む。道のりは長いが、治療を待ち望む患者たちに確実に届けたい。
理化学研究所は、目の網膜を再生させる臨床研究の計画を厚生労働省に申請した。
加齢などで網膜が傷み視力が低下する「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性」の治療法開発を目指す。国内の患者は約七十万人いる。研究ではiPS細胞で網膜を再生させる。
厚労省が計画を認めれば二〇一四年には治療が実施され、数年にわたり安全性や効果を見る。
ノーベル賞を受賞した京都大の山中伸弥教授が、ヒトでiPS細胞の作製を発表して五年ほどで、臨床現場での研究が始まる。
山中教授は受賞記念講演で「iPS細胞の技術を患者さんに届けたい、届けなければならない」と語った。治療に使われてこその研究だとの思いが強い。確実に新しい治療法に結び付けてほしい。
体の組織を再生させ病を治す再生医療は、難病に苦しむ患者や家族の期待が高い。
ただ、未知の新技術なだけに安全性の確保が課題だ。今回の臨床研究では、目は治療後の観察が容易で仮に異常が見つかればレーザー治療が可能な点が治療の対象に選ばれた理由でもある。倫理的な審査も厳しく受けている。慎重さが求められるのは当然だ。
だが、一部の医療機関で医師の裁量で未承認の細胞を使ったり、効果に疑問のある治療が行われている現状がある。厚労省は細胞治療を規制する新法をつくり、今国会に法案の提出を検討している。
新法ではリスクに応じて細胞を三分類する。安全性が未確認のiPS細胞は高リスクに分類、厚労相や実施施設外の倫理審査委員会の承認を得ることを求める。
細胞を作製したり加工する施設の品質管理基準、患者への治療リスクの説明などの対応も盛り込む。医療機関から定期的な報告を受け国民に公表する。違反した医療機関への罰則を設けたり、中止命令を出せるようにすることなどを検討中だ。
重大な事故が起これば再生医療の進歩を阻みかねない。治療法が安全に実用化していくには、治療のルール化は必要である。
国は治療の実態を把握し安全性が確保できる仕組みを整え、誰もが安心して受けられる再生医療に育てるべきだ。
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