愛知県東浦町の国勢調査での人口水増しでは、市に昇格したいという悲願が統計をゆがめる原因となった。逮捕された前副町長の指示による組織的な不正の疑いもある。うみを出し切ってほしい。
国勢調査の結果は、衆院議員の選挙区の区割りや地方交付税の算定など、国の重要施策を決める基礎データとして使われる。
前副町長は容疑を否認しているというが、高い信頼性が求められる統計を、行政自らがゆがめたとすれば、断じて許されない。
不正をしたのは、町から市への昇格のため、地方自治法で定められた人口五万人の要件を満たすためだったという。
確かに、市に昇格すれば、福祉や都市計画などの分野で、町より多くの権限が国や県から移譲される。企業誘致などもしやすくなり財政基盤も強固になろう。
東浦町は前町長時代の二〇〇八年に市制準備室をつくった。現町長も取材に「市になりたいのは職員共通の思い」と答えた。
だからといって、不正まではたらいて市昇格を望むのは、本末転倒である。しかも、前副町長の指示で組織的な不正があった疑いが強い。これでは、住民は行政を信じることはできない。
町が、事件発覚前に行った住民アンケートで八割以上が市制移行に賛成したというが、回収率は二割強にすぎなかった。もともと町と住民の間に市昇格について温度差はなかっただろうか。
前副町長が長年仕えた前町長は「市と町ではやはり、格が違う」と、しばしば口にしたという。八期の多選を重ねた前町長に周囲から「ぜひ初代市長に」という声も少なくなかったという。
住民サービス向上をうたいながら、前町長が市長の方が権威があると考えたり、町職員が権限を強めたいと思っていたとすれば、住民不在といわれても仕方ない。
衣が浦と緑の丘に囲まれた古い歴史を持つ町である。市格にこだわるよりも、その個性を生かした町づくりを進めたらどうか。
国の調査に対し、町は「組織的な水増しはなかった」と報告した。もしも内部調査の過程で意図的な不正隠しがあったのなら、ずさんな調査というレベルでなく、非常に悪質である。
現町長は再調査する方針だ。信頼回復に全力をあげ、住民が今でも市制移行を望むかどうかも丁寧に調べたうえで、新たなスタートを切ってほしい。
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