「切腹最中(もなか)」で知られる東京・新橋の和菓子店「新正堂」のもう一つの売れ筋は小判形の「景気上昇最中」だ。黒字にちなんで黒糖のあんを使う。箱には千社札が右肩上がりに張られ、得意先への手土産にする客も多い▼数年前、混雑する店頭にテレビで時々見かける背広姿の紳士がいた。自ら並んでこの最中を買い求めたのは、日銀の白川方明総裁だった▼デフレの長いトンネルから抜け出せない中、縁起を担いだわけではないと思うが、在任中のデフレ脱却はかなわなかった。その白川さんに代わって、黒田東彦アジア開発銀行総裁を充てる日銀首脳の政府の人事案が固まった▼財務省出身ながら黒田氏は積極的な金融緩和論者だ。副総裁には、金融緩和論の急先鋒(きゅうせんぽう)、岩田規久男・学習院大教授が起用される。一昨日の金融市場は好感し、約四年五カ月ぶりに一万一六〇〇円を上回り円安も進んだ▼安倍晋三首相の就任前は、適度なインフレを意図的に起こす「リフレ」政策への専門家の批判は相当多かったが、円安・株高で沸き立つ金融市場の前でしぼんでいる▼「インフレが起きないのに、インフレを起こそうとすれば、歪みだけが蓄積する。その歪みが副作用という言葉を超えて、日本経済を危機に追い込む」(小幡績著『リフレはヤバい』)。株式市場は久しぶりの株高に浮かれているが、警句にも耳を傾けたい。