「反対運動がなかったら、もうこの眺めは失われていたんですよ」。沖縄県名護市辺野古の浜で、海上基地建設反対のため三千二百三十日もの間座り込みを続ける一人、安次富(あしとみ)浩さん(66)が言った▼その眺めの素晴らしさをどう表現すればいいのか。美しい海を見慣れている沖縄の人も「ここはいいねぇ」と嘆息する。翡翠(ひすい)やトルコ石が溶けたかのようなサンゴ礁の海が、濃紺の大海原へと続く▼「辺野古ではいくら子だくさんでも食い潰(つぶ)れしない」と言われてきたそうだ。食べ物に困っても海に行けば、貝や魚がいくらでも捕れる。戦中戦後の食糧難の時も海が助けてくれた▼その豊かな海の象徴が、沖縄でジャンやザンと呼ばれるジュゴンだ。地元の民俗を研究する前田一舟(いっしゅう)さん(38)によれば、「ジャンが人間に子孫を残す道を教えてくれた」「人間とジャンの間にできた子こそ、われわれの先祖」といった神話が沖縄には数多く伝わる▼ジュゴンは海の恐ろしさも象徴する。「ジャンを捕ると津波が襲う」「ジャンが見えると、津波が来る」という言い伝えも各地に残る。ザンという言葉自体が津波を意味するとの説もあるそうだ▼そんな海の神も沖縄には今や十数頭しかいないという。普天間飛行場が辺野古に移設されれば、その貴重な生息地が失われる。安倍首相はこの「美しい国の宝」をどう考えているのだろう。