「ゴーリカ、ゴーリカ(苦いぞ)!」と、周囲がはやすと、新郎新婦は待ってましたとばかりに熱いキスを交わす。「苦い空気をキスで甘く」というロシアやウクライナの披露宴に欠かせない儀式だ▼公開中の映画『故郷よ』の主人公アーニャも、新郎ピョートルと甘く結ばれる。だが、二人のキスも故郷プリピャチの空気を甘くはできない。その日は、一九八六年四月二十六日。街の空気は、三キロ離れたチェルノブイリ原発の事故のため、汚染されていた▼披露宴から事故処理にかり出されたピョートルは恐ろしく被ばくする。病院に駆けつけたアーニャに看護師が告げる。「彼はもう人間じゃない。原子炉だ。彼に会えば、あなたも死ぬ」▼映画を見ていて、事故の十年後にプリピャチを訪れた時の記憶が蘇(よみがえ)った。人形や本が散乱した幼稚園、伸びるがままのバラ、突然強く反応する線量計…。街から遠く離れ暮らす女性は「あそこはバラの街だったんです。生きているうちに故郷へ帰りたい」と、落涙した▼福島などの被災者らが三月十一日、国と東電を相手に訴訟を起こす。平穏な暮らしを奪ったことへの償いと、故郷の再建を求めての集団提訴だ▼映画では、外国人に「チェルノブイリの意味は?」と問われ、アーニャが言う。「ニガヨモギ、忘却の草花よ」。故郷を忘れず、そこを取り戻すための歩みが、続く。