パソコン(PC)の遠隔操作事件の真犯人と疑われる東京の会社員が逮捕された。だが、身の潔白を訴えている。警察は四人を誤認逮捕した失敗の教訓を胸に刻み、動かぬ証拠を積み上げるべきだ。
逮捕容疑では、昨年八月、遠隔操作ウイルスに感染させた名古屋の会社のPCからネット掲示板に殺人予告を書き込み、イベントを妨害したとされる。しかし「身に覚えがない」と否認している。
もう冤罪(えんざい)を生んではならない。旧来の自白偏重の捜査では危うい。犯行を裏付ける確かな証拠が欠かせない。
真犯人を名乗る人物は犯行を誇示するメールを報道機関や弁護士に送りつけた。今年に入りその指摘通りに神奈川・江の島で猫の首輪から記憶媒体が見つかり、名古屋のPCが感染したのと同じウイルス情報が確かめられた。
会社員が猫に近づく様子を防犯カメラがとらえていた。都内の勤務先のPCから名古屋のPCに殺人予告を書き込むよう指示を出すサイトへの接続記録があった。これらが逮捕の主なよりどころとなったようだ。
とはいえ、会社員が書き込んだことを直接示す証拠とは言えない。遠隔操作には外国のサーバーを経由して発信元の痕跡を隠す匿名化ソフトが用いられ、追跡捜査はスムーズには進んでいない。
会社員と犯行を確実に結び付けるには、このハードルを乗り越えねばなるまい。
現実空間の捜査のみでサイバー空間の犯罪を解明することがいかに難しいかを表している。誤認逮捕者を出すようでは警察の捜査能力は明らかに乏しい。
同様の犯行が繰り返される前に警察力を高める必要がある。警察庁は豊富な知見や技術を持つ民間との連携を強めるという。
通信の秘密や表現の自由、プライバシーの保護を担保しつつ協力の仕組みを整えるべきだ。もちろん、自前の専門捜査員の育成も忘れてはならない。
サイバー犯罪は犯行予告の書き込みや児童ポルノの掲載などの身近な事件ばかりとは限らない。政府や国会、企業を狙ったサイバー攻撃も後を絶たない。交通や金融、原発などを標的としたサイバーテロの脅威もある。
国境を越え、時間を問わず発生するから国際協力も不可欠だ。国全体で対策を講じるべき時代に入った。家庭や職場のPCが知らぬ間に重大犯罪に悪用される危険がないとは言えない。
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