キャメロン英首相が行った欧州連合(EU)に関する演説は、「二つの欧州像」を際立たせました。英EU離脱論の波紋はどう収拾するのでしょうか。
「英国と欧州の関係について話をせよ、と私を招待した勇気を称(たた)えたい。平和的共存の美徳についてチンギスハンに講演を依頼するようなものでしょうから」
反EU的な言動で知られたサッチャー元英首相がかつてベルギー・ブリュージュで行った演説冒頭のジョークは、今でも語り草になっています。
◆英国の異議申し立て
先達に倣ったのでしょうか、キャメロン首相が先月ロンドンで行ったEU演説も、ドイツ、フランスなど大陸欧州諸国の神経を逆なでするに十分なものでした。
「単一市場が目標だったEUは、英国民の声が反映されない間に変容してしまった。オープンで多様性を尊び、競争力に溢(あふ)れる欧州に戻すため、基本条約改正の交渉を行い、その上でEUに留(とど)まるか離脱するかの国民投票を行う」
キャメロン首相は、競争力や民主的プロセスなど、EUの問題点を列挙しながら「ユーロは今後も導入しない」「EUに移譲された主権を国民国家の側に戻す」「英国にとってEUは目的ではない。あくまで繁栄、安定、自由、民主主義といった目的を達成する手段だ」と、英国として譲れない一線を次々に掲げました。
「EUを危険に晒(さら)すのは、変化を主張する者ではなく、新しい考えを異端視する者の方だ。欧州では歴史上、問題の核心を突く異端者がしばしば現れてきた」
ユーロ危機以来、統合を加速させるEUに対し、自らを異端者になぞらえてまで異議申し立てをした背景には、一昨年、独仏が軸となって纏(まと)めたユーロ救済制度を拒否して以来深まる英国の孤立感が見え隠れしています。
◆「二つの欧州」の宿命
英国と大陸欧州は、地政学的に不即不離の宿命を抱えています。ナポレオンやヒトラーの例を待つまでもなく糾(あざな)える関係は欧州史に深い陰翳(いんえい)を刻んできました。
統合が本格化した第二次大戦以降、「二つの欧州」の距離感はスイス・チューリヒで独仏和解を訴えたチャーチル元首相の演説に既に表れています。チャーチルはクーデンホーフ・カレルギー伯の汎(はん)ヨーロッパ運動などを引用し、独仏和解下の「欧州合衆国」の必要性を提案しましたが、米国とともに戦勝国となった英国は念頭に置かれていませんでした。
ベルリンの壁崩壊の前年に行われたサッチャー氏によるブリュージュ演説は、「英国は欧州共同体(EC)の周縁で孤立することなど夢想していない」と述べながら、あくまで独立した主権国家の有志による協力関係が前提、と強調しました。「共同体は自己目的ではない」との一節は、キャメロン演説と重なります。
冷戦が終結して二十年余。英米両国による支配的な国際的影響力はすでになく、中国、インドをはじめ新興諸大国が勢力を競うグローバル時代です。個々の欧州国の影響力は減退する一方、という現実は、大陸欧州も島国欧州も認めざるをえません。
大陸欧州からすれば、だからこそ、の統合促進です。銀行同盟、財政統合から政治統合までをも視野に入れた議論は、ユーロ危機を繰り返さないため避けて通れない道です。「欧州には単一のデモス(民)は存在しない。民主的正統性と責任を担える唯一の源泉は各国議会だ」というキャメロン首相とは基本的に相いれません。
二つの際立った理念の対立は、政府のあり方をめぐって二つの国家観がぶつかった昨年の米大統領選挙を髣髴(ほうふつ)させます。欧州の将来像をめぐり何かと対比される米合衆国ですが、激しい選挙戦の末、米国民は保守派から「欧州型大統領」とも批判されたオバマ大統領の下で国家再建を図る決断を下しました。欧米の価値観を維持しながらの競争力回復は、欧米共通の課題です。
◆「欧州の民」と歩むのか
欧州では、ギリシャに始まって昨年のフランス、オランダまで、数々の政権選択選挙がありましたが、左右両極からの激しい反EU批判にもかかわらず、EU離脱を掲げる政権を選択した国はありません。苦渋の選択を通し、「欧州の民」の声が聞こえるようです。
キャメロン首相は「英国の懸念が聞き入れられなければ、英国民は離脱に向かうだろう」と警告しつつ「私はそれを望まない。私はEUの成功、英国を維持するようなEUと英国との関係を望んでいる」とも明言しています。
英国の国民投票は早くて再来年以降です。大陸欧州とともに「欧州の民」への道を歩むか否か。英国は自ら高いハードルを掲げたことになります。
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