デフレ脱却は喫緊の課題だが、それで懸案がすべて解決する「魔法の杖(つえ)」ではあるまい。安倍晋三首相の所信表明演説。経済を本格的な回復軌道に乗せ、社会を豊かにする具体策こそ聞きたかった。
今回の所信表明演説は、落語でいえば「まくら」のようなものかもしれない。字数でいえば約四千七百字。二〇〇〇年の森内閣以降では四番目の短さだという。一三年度予算案提出に伴う施政方針演説が二月下旬にも行われるため、詳しくはそちらを聞いてくれということなのだろう。
それは分からないでもない。演説は簡にして要が鉄則だ。
とはいえ、大方針を語るだけで具体的にどうするかに触れなければ、やはり聞く人を納得させることはできまい。その点については満足できるものとは言い難い。
首相は日本経済、東日本大震災からの復興、外交・安全保障、教育という四つの危機の突破に邁進(まいしん)する決意を強調し、特に経済の再生を「わが国にとって最大かつ喫緊の課題」と位置付けた。
日本経済を長年苦しめてきたデフレからの脱却は、持続的な経済成長を取り戻すための大前提であったとしても、それだけで直面する懸案をすべて解決できるような幻想を与えるべきではなかろう。
例えば、円安、株高でデフレを一時的に脱却できたとしても、日本経済を本格的な回復軌道に乗せるには、成長分野への民間投資を促すような政策誘導が必要だ。
そのためには規制を大胆に取り払う政治決断も必要になる。官僚や業界など既得権益層に配慮する「古い自民党」が規制改革を邪魔することがあってはならない。
社会保障も同様だ。少子高齢化社会を迎え、給付水準を維持、引き上げるには負担を増やす必要があるが、デフレのままでは所得も増えないから、負担増もできないという論法なのだろう。
それも一つの要素だが、デフレ脱却と並行して社会保障制度を社会の構造変化に合わせて変えていかなければ、持続可能な制度にはなるまい。
所信表明演説から「国家財政の危機」が抜け落ちたことも気になる。国と地方の借金は合計一千兆円近い。デフレ脱却で税収が増えても、行政が無駄遣いを続ければ財政健全化は程遠い。行革の具体策と首相の決意を聞きたかった。
危機克服に特効薬はなく、一つ一つ問題を解決するしかない。デフレ脱却は必要だが、それに偏重しては国を誤る。
この記事を印刷する