今秋、生誕百年を迎えるフランスのノーベル文学賞作家カミュは、アルジェリアの貧しい家に生まれ育った。彼の生後すぐ父は戦死し、母はその衝撃の余り難聴になったという▼カミュの自伝的遺作を映画化した『最初の人間』にこんな場面がある。読み書きができない母が、有名作家となった息子の故郷訪問を伝える新聞を買い、見出しにある息子の名を、懸命に書きなぞる▼母が愛(いと)おしげに手にするその新聞が伝えるのは、憎悪を乗り越え和解を訴える作家が、独立派と反独立派の双方から孤立しているという悲しい現実だ▼過酷な植民地支配が、アラブの人々のテロを生んだ。果てしない暴力の連鎖による憎悪が、アルジェリアの地には染み付いている。遠い国の現実を残酷な形で見せつけられた日々だった▼テロの犠牲となった九人の遺体が日本に帰ってきた。その一人、内藤文司郎さんの母さよ子さんの言葉が胸を打つ。「司法解剖で誰かが触る前に、あの子を見るのは私だけ。怖いようだけど行かなきゃいけない」「ご苦労さま、私の子どもでありがとう」▼映画ではテロも辞さぬ人々に、作家が訴える。「通りで無差別に起こる爆発はいつか愛する者に襲いかかるかもしれない」「母は、君たち同様、不正と苦難に耐えてきた。もし母を傷つけたら私は君たちの敵だ」。そのまま、犯人たちに伝えたい言葉だ。