<歴史にはこう記されるだろう>。二十世紀の米国で公民権運動をリードしたマーチン・ルーサー・キング牧師の言葉は続く。<この変革の時代において、もっとも悲劇的であったのは、悪人たちの辛辣(しんらつ)な言葉や暴力ではなく、善人たちの恐ろしいまでの沈黙と無関心であったと>▼悲惨な事件が起きると、犠牲者に同情するが、その記憶は日常生活に埋没してしまう。そして、目の前で起きている現実の問題には目をつぶり、何もなかったように日々を過ごす。そんな私たちの臆病さが鋭く批判されている気がする▼キング牧師は<消極的に悪を受けいれる者は、悪を行うことを助けるものと同様に悪に巻き込まれているのだ>とも演説していた。米国だけでなく、全世界で通じる普遍的な言葉である▼オバマ米大統領は二期目の就任式で、二冊の聖書を手元に置いて宣誓した。奴隷解放を宣言したリンカーン大統領愛用の聖書とキング牧師が使った聖書だ▼就任演説では、銃規制強化や同性婚といったリベラル色の強い課題の実現に踏み込んだ。下院の過半数を占める共和党との対決も辞さない強い決意がにじんだ▼残念だったのは「核なき世界」に触れなかったことだ。内政課題に立ち向かうのに精いっぱいで、核軍縮の理想を語る余裕はないのかもしれないが、ノーベル平和賞を歓迎した世界の声を忘れてほしくない。