中国では今春、習近平体制が本格始動する。一党独裁維持のため排外的な民族主義を強めるのでなく、周辺に脅威を与えぬ平和発展の道を歩んでほしい。
昨年秋の党総書記の就任会見で最も耳目を集めたのは、習氏の「中華民族の偉大な復興を果たそう」との呼び掛けだった。
民族主義を鼓舞するような訴えはその後も続き、年末の重要講話では「中華民族の偉大な復興を実現するには、すべての中華子女が手を携えて努力する必要がある」と強調した。
◆党に最も重要なことは
その狙いは二つあるであろう。大陸では、漢族を中心に少数民族などとの団結を強め、内なる安定を図ること。さらに、香港、台湾の同胞や、東南アジアなどの華僑や華人に中華圏としての連帯感を呼び掛けることである。
中国共産党にとって最も重要なことは、一党独裁体制の堅持であろう。これは誰が総書記になっても変わらない。
もしも、民族主義を色濃く打ち出すことで、独裁の維持と国内や地域の安定を図ろうとするのなら、世界は誤った選択と見るに違いない。
歴史を振り返れば、中華民族の復興という言葉は、中国革命の父といわれた孫文が唱えていた。
確かに、孫文が掲げた三民主義の一つである民族主義には、漢族中心の考えも色濃い。
だが、孫文は一九二四年に神戸で有名な「大アジア主義講演」をした。日本に対し「西洋覇道の走狗(そうく)となるのか、東洋王道の守護者となるのか」と問いかけた。
習指導部には、孫文が欧米の帝国主義に対し、東洋の平和主義や日中友好の大切さを説いた歴史も思い起こしてほしい。
つまり、中華民族の復興というスローガンばかりを強調すれば、排外主義や極端な対外強硬路線につながりかねないという危うさをはらんでいるのだ。
◆民の不満は臨界点に
中国は経済では世界第二の大国になった。大国にふさわしく、周辺地域に脅威を与えるような方法でなく、平和的、共存的に発展する道を歩んでほしい。
特に、尖閣の問題では、自民党の新政権にも注文がある。
日本に主権があることは明白であり、譲る必要はない。だが、民主党政権時代の「領土問題はない」との主張は今や、国際的には説得力を持たない。
米国は沖縄と一緒に尖閣の施政権を返還したが、主権問題では立場を表明しなかった。「棚上げ論」などのあいまいさは、外交では一つの知恵であった。
自民党政権は、対中外交では歴史的に太いパイプを築く努力をしてきた。その人脈を生かして局面打開を図ってほしい。「外交上の係争」が存在することは認めるなど政治の知恵を使い、対話に踏み出すことが重要だろう。
中国内政では、習指導部が真っ先に取り組むべきは汚職腐敗の一掃と貧富の差の改善であろう。
中国の研究者などの調査によると、デモや暴動は近年、年間十八万件に迫っているといわれる。だが、中国政府は二〇〇五年を最後にデータを公表していない。
所得格差を示すジニ係数についても、社会的騒乱が多発するとされる〇・四を超えた〇〇年以降は公表をやめた。
臭い物にふたをするような秘密主義や、腐敗幹部が党員のままで企業を私物化し富を得られるような社会構造にしてしまったことに対し、民の不満は臨界点に達している。
汚職撲滅では、昨年秋の党大会以降、各地で汚職官僚の摘発が続いている。
しかし、摘発されたのは昨秋引退した胡錦濤前総書記が率いる共産主義青年団派に連なる官僚が目立つ。
もしも、腐敗撲滅を隠れみのにした党内の政治闘争にすぎないのであれば、民心は安定しない。
人治から法治への転換も、難しいが避けられない政治課題である。言論や報道の自由を尊重し、党の権力への監視を進めることが、その一歩となろう。
◆木で鼻をくくる対応
改革派で知られる北京大学教授ら七十人が昨年末、政府に表現の自由を求める呼び掛けをネットで発表した。
中国外務省は「中国で言論の自由を抑圧するという問題は存在しない」と、木で鼻をくくったような対応だった。
憲法で保障されているはずの言論の自由は、「党の指導」の名の下に有名無実である。
そうした建前と実態の乖離(かいり)が問題なのであると、率直に目を見開いてほしい。
民意を反映できるような選挙制度の確立や司法の独立も急務であろう。中国人民のためであり、世界もそうした改革を望んでいる。
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