団塊世代が六十五歳に差し掛かった時期に東京のリーダーが交代しました。元気なシニアの出番づくり。それが老いゆく首都を支える鍵になりそうです。
世の中に大量の“産業廃棄物”が発生していませんか。定年後に部屋でゴロゴロして奥さんや子どもに煙たがられ、邪魔物扱いされている主に男性陣のことです。
そんなきついジョークを飛ばすのは、都心で高齢者専門の人材派遣会社を手掛ける東京ガスOBで会長の上田研二さん(74)です。
社名は「高齢社」。一線を退いた高齢者にもう一度働く場を用意し、生きがいを見つけてほしいと十三年前に創業しました。
◆生きがいと収入と
入社資格は六十〜七十四歳。定年制はなく、八十三歳を筆頭に五百三十人が登録しています。名刺印刷や宛名書き、チラシ配布、ガス設備点検やマンション管理など業務は百種類に及びます。
登録社員は月八万〜十万円を稼ぎ、年金の足しに。家事や通院などの自己都合を最優先して出勤日を決め、二〜三人一組で一人分の仕事を分かち合う方式です。
仕事に合わせて生活するのではなく、生活に合わせて働く。その機会を提供するのが特徴です。やりがいと収入をマイペースで両立させる。円熟社会らしい人間中心の仕組みです。
毎日が日曜日の高齢者には休日出勤手当は不要だ。現役時代の豊富な経験は即戦力になる。低いコストと丁寧な仕事ぶりが業績を押し上げています。二〇一一年度の売上高は三億八千万円と〇三年度の十一倍に伸びました。
東京ガス幹部だった一九九〇年代に少子高齢化による労働力の減少を見据え、高齢者を生かす会社の青写真を描きました。父親の失業で困窮し、大学も諦めた苦い体験から社員を最も大事にする経営理念を掲げる。
◆大量引退の時代に
「定年後に趣味やボランティア活動などに精を出す人は多いのですが、そのうちに仕事をしたくなるようです」。それが上田さんのこれまでの実感です。
昨年来、団塊の世代が六十五歳を迎えつつある。六百六十万人に上る。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とうたわれた高度経済成長を担った人たちです。
この世代を中心に一六年にかけておよそ一千万人余りが高齢者の仲間入りをします。東京では九十二万人の見通しです。
大量の退職者が出て労働力が不足したり、熟練の技能が途絶えたりしないかと心配する声もあります。七十万事業所を抱え、九百五十万人が勤める東京でも影響が出るかもしれません。
けれども、内閣府の二〇〇八年の調査では、六十歳以上の71%は六十五歳を超えて働きたいという意志を示しています。日本人の勤勉性が表れたのでしょうか。労働意欲の高い人が相当います。
今や「人生九十年時代」といわれます。旧来の保護されるべき社会的弱者という高齢者像は現実にそぐわなくなっています。
東京では五人に四人は介護保険制度でいう支援や介護を必要としていません。日常生活に欠かせない握力や上体起こし、歩行などの体力や運動能力は毎年向上し、若返りをうかがわせます。
加齢につれて身の回りの出来事は忘れっぽくなる。でも、言葉の知識や経験に裏打ちされた知恵は厚みを増すのです。
「アフリカでは、老人が一人亡くなると図書館が一つ消えるといいます」。〇二年の高齢者問題世界会議での演説で、前国連事務総長のコフィ・アナンさん(74)が述べた言葉はとても印象的でした。
体力や気力、知力がみなぎる高齢者は多い。現役世代が先細る中で、元気な高齢者には社会の支え手としての活躍が期待されます。
その力を発揮してもらう仕組みを整える必要があります。
生涯学習やボランティア活動などの場は充実してきたようです。しかし、もっと増やし、広めたいのは個々のペースに応じて楽しめるような仕事です。
例えば、企業はフレックス勤務やワークシェアリング、テレワークといった柔軟な働き方を工夫する。行政はカウンセリングやマッチングの機能を強化する。「東京都版シルバーハローワーク」の実現を急いでほしいものです。
◆遊びこそ仕事だ
都知事に就任した作家の猪瀬直樹さんも六十六歳。つまり高齢者です。それでも、去年の東京マラソンでは六時間四十分で初めてのフルマラソンを完走しました。
「老い故に遊びをやめるのではない。遊びをやめるから老いるのだ」。劇作家バーナード・ショーの金言です。成熟社会では遊びこそ仕事であり、生きがいなのでしょう。
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