安倍晋三自民党総裁が再び首相に指名され、第二次安倍内閣が発足した。謙虚さを忘れず、国民の暮らしをよくする政策の実現に全力を挙げてほしい。
体調不良による突然の首相辞任から五年三カ月。一度退いた首相の再登板は戦後では故吉田茂首相以来だという。政権放棄は二度と許されないと、安倍氏は気を引き締めていることだろう。
前回二〇〇六年の首相就任時、自民党は公明党と合わせて衆参両院で多数を占めていたが、今回は参院で半数に満たない。「ねじれ国会」での政権運営は、安倍氏にとって実質的に初めての経験だ。
◆当面は「安全運転」
安倍氏も政権を取り巻く環境の厳しさは認識しているようだ。
自民党両院議員総会では「参院選で勝利を収めて、中長期的な理念を実現する機会を得ることができる。民主党がつくった政治の混乱と停滞に完全に終止符を打つのは来年の参院選だ」と語った。
その言葉には、来年夏の参院選までは、自公両党で三分の二以上の議席を得た衆院選勝利の勢いをそぎたくないとの思いがにじむ。
安倍氏は「戦後レジームからの脱却」を掲げた第一次内閣で憲法改正手続きを定めた国民投票法、「愛国心」の表記を盛り込んだ改正教育基本法、防衛庁の省昇格関連法などを次々と成立させた。しかし、今回は野党側の反発や政権内で確執を招かぬよう「安倍カラー」を抑え、当面「安全運転」に徹する考えのようだ。
例えば島根県が定める二月二十二日の「竹島の日」。政権公約には政府主催式典を開催すると明記したが、安倍氏は「総合的な状況を踏まえて考えていきたい」と来年は見送りに傾いているという。
竹島を不法占拠する韓国で二月二十五日に朴槿恵大統領の就任式が予定されており、見送りは日韓関係改善を優先するためだろう。
◆経済政策に期待大
沖縄県尖閣諸島の実効支配を強化するために「公務員の常駐」を検討するという政権公約も、安倍氏は「『検討する』と何回も申し上げてきた」と述べ、当面は検討にとどめる考えを示している。
前回の首相在任中に見送ったことを「痛恨の極み」としている靖国神社への参拝に関しても、安倍氏は来年四月の春季例大祭での参拝は見送る意向のようだ。
関係が冷え込んでいる中国など近隣諸国をいたずらに刺激するのは避けた方が得策である。いずれも妥当な判断だろう。
第二次安倍内閣の最大の特徴は麻生太郎元首相が副総理兼財務相に、谷垣禎一前総裁が法相に起用されるなど、首相、党総裁経験者が二人も入閣したことだ。
また、安倍氏と党総裁選を戦った石原伸晃氏を環境相兼原子力防災担当相に、林芳正氏を農相に充てたり、第一次内閣で閣僚経験のある菅義偉氏を官房長官に、甘利明氏を経済再生担当相に起用するなど、手堅い布陣と言える。
第一次内閣では不祥事や失言で閣僚辞任が相次ぎ、〇七年参院選での自民党惨敗、ねじれ国会の原因となった。安倍氏はその轍(てつ)を再び踏みたくはないのだろう。
共同通信社による衆院選直後の全国電話世論調査によると、安倍氏が優先的に取り組むべき課題は「景気・雇用対策」が55%と最も多く、「年金制度改革など社会保障」が33%と続いた。国民生活向上への期待は大きい。
安倍氏は、復活させる経済財政諮問会議と新設する日本経済再生本部を司令塔に、大胆な金融緩和と公共事業の拡大で物価上昇、円安に誘導し、長く続くデフレからの脱却を図るとしている。
しかし、物価上昇だけで生活が向上するわけではない。デフレ脱却が賃金上昇に波及するまでは年単位の時間を要する。巨額の財政赤字への目配りも必要だ。
生活向上を実感できなければ国民に失望が募る。まずは経済再生と生活向上に全力を注ぐべきだ。優先順位を間違えてはいけない。自民党の責任は重大である。
◆公明は歯止め役を
自民党が参院選で勝利して衆参ねじれ状態を解消したら、今は封印している憲法改正や「集団的自衛権の行使」容認への動きを強めるかもしれない。原発推進を加速する可能性もある。そのときこそ公明党の出番だ。信念を貫き、歯止め役を堂々と果たしてほしい。
安倍氏は九月の自民党総裁選や衆院選のころとは違い、今は謙虚さを保っているように見える。安倍氏を熱烈に支持してきた人たちには物足りないかもしれない。
謙虚さは指導者にとって政権運営の困難さに耐え、成果を出すには必要な資質だ。安倍氏が過去の失敗に学ぶのなら、首相在任中、忘れてはならない教訓である。
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