鍋や釜を修繕する鋳掛屋(いかけや)という名は、落語の中ぐらいしか聞かなくなった。火をおこすふいごや小さな火炉を天秤棒(てんびんぼう)で担ぎ、「なべ、かまァ、いかけー」と呼び歩いた。声が掛かると、その場で火をおこし、炭火で溶かした金属を流して補修する▼江戸時代、鍋釜は泥棒が真っ先に狙うぐらいの貴重品だ。穴があいたぐらいでは捨てられない。むしろ、上手に直した跡のある鍋や釜は、新品より値打ちがあるとされたほどだ▼職人芸が光る商いは戦後も細々と続いていたが、昭和三十年代には往来から姿を消した。経済的に豊かになり、使い捨ての時代がやって来ると、直して使うという江戸のリサイクル文化は廃れていく▼腕のよい鋳掛屋でも大きすぎる穴をふさぐのは難しい。ちょっとやそっとの手当てでは、直せないほど穴だらけだったのが、三年前の総選挙で民主党が発表したマニフェストだ▼当時、民主党の候補者が街頭で演説すると、運動員が手渡すマニフェストはどんどんはけていったが、今では「ウソの代名詞になった」と党の幹部が自嘲する存在になり果てた▼野田佳彦首相はきのう、新しい民主党のマニフェストを発表した。自民党を意識して、着実な脱原発や子育て支援拡充などを打ち出したが、「脱官僚支配」は後景に退き、民主党らしさは薄れた。このマニフェストも穴だらけなら党の将来はない。