<からたち垣根に/吹く風は/いたむこころに/たえがたき/−ああ たえがたき/秋の風>。サトウハチローの詩「秋の風」の一節だ。晩秋の風は一層冷たさを増し、沈みがちな心に吹きつけてくる▼織田作之助は『秋の暈(かさ)』という随筆をこう書き出している。「秋という字の下に心をつけて、愁と読ませるのは、誰がそうしたのか、いみじくも考えたと思う」。心を従える四季の漢字には「惷」があるが、やはり「愁」にひかれてしまう▼里に下りた紅葉前線の錦繍(きんしゅう)の彩りが鮮やかだ。イチョウの葉の黄色いじゅうたんが広がり始めた。物理学者の寺田寅彦は、窓の外に見えるイチョウの木々が、風もないのに申し合わせたように濃密な黄金色の雪を一斉に降らせた驚きを書き残している▼<何かしら目に見えぬ怪物が木々を揺さぶりでもしているか、あるいはどこかでスウィッチを切って電磁石から鉄製の黄葉をいっせいに落下させたとでもいったような感じがするのであった>。不思議な自然の摂理である▼イチョウの実のギンナンは食べ過ぎると中毒を起こす。六十個を食べた四十代の女性が嘔吐(おうと)やめまいなどを訴え、救急搬送された例もあるという。特に幼児にたくさん食べさせるのは禁物だ▼<銀杏(ぎんなん)が落ちたる後の風の音>中村汀女。イチョウが黄色く色づいた葉を完全に落とすと、いよいよ冬の到来である。