行きたい、行かなくては。でも、行ってどうなるのか。何ができるのか。伊藤江理華さん(15)は、そんな迷いを抱きながら東北の被災地を訪れた▼三重の高校に通う伊藤さんは、指揮者の佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラでバイオリンを弾く。選(え)り抜かれた逸材ぞろいのオケは昨年夏と今年の夏、被災地で演奏した▼目にした惨状に圧倒された。迷いを抱えたまま鎮魂の調べを奏でた。お礼を言われたが、「何もしていない」罪悪感でいっぱいになった。とても「頑張ってください」とは言えなかった▼しかし、ある女性が言ってくれた。悲しみは大きい。大きすぎる。でも生きていかなくてはならない。前に進む一歩、そのきっかけに、音楽が必要だったのだと▼音楽は儚(はかな)い。空気を束(つか)の間震わせ、そして消える。けれど、時に言葉も入っていけないような心の奥にそっと入り、あたためる。不思議な力だ。伊藤さんは初めて、音楽とは何かを考えさせられたという▼その時の体験を綴(つづ)ったエッセーが、東北大文学部が主催するコンクールで、最優秀賞に選ばれた。最後はこう結ばれている。<被災地に、出来上がりも、完成もないように思う。でもそれは音楽と同じだ。再生、消えてなくなる一音の次の音を奏でるように、生き続けること、前をすすみ続けること、被災地がそのような姿であってほしい>