HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 40195 Content-Type: text/html ETag: "6f439a-23be-b2009040" Cache-Control: max-age=2 Expires: Fri, 16 Nov 2012 02:21:07 GMT Date: Fri, 16 Nov 2012 02:21:05 GMT Connection: close
大学入試問題に非常に多くつかわれる朝日新聞の天声人語。読んだり書きうつしたりすることで、国語や小論文に必要な論理性を身につけることが出来ます。会員登録すると、過去50日間分の天声人語のほか、朝刊で声やオピニオンも読むことができます。
|
文化勲章も受けたし、国民栄誉賞にも輝いた。でも、自分にとっての森光子さんは松の湯のおかみさん。そう思う人は多いのではないか。昭和が薫るテレビドラマ「時間ですよ」での主演は、日本のお母さんを見るようだった▼だが、そう思われることが、子のないご本人にはくすぐったかったそうだ。子ども時代は家庭の温かみを知らずにきたが、「ホームドラマの中で家族に恵まれた」とも言っていた。いい「家族」に囲まれてこその、お母さんの存在感だったようだ▼下積みの長い人だった。大阪の舞台で、劇作家の菊田一夫に見いだされた話は伝説だ。菊田が空港までのハイヤーを待っていた3分間に、8分ほどの即興ものを演じていた森さんを偶然に見た▼しかしシンデレラ物語ではない。東京へ誘いつつ菊田は言う。「君は越路吹雪のようにグラマーじゃない。宮城まり子ほどの個性もない。だからずっと脇役でいくんだね」。迷い悩み、それでも跳び込んだのは、本人の心意気を抜きに語れまい▼一代の当たり役、菊田の脚本による「放浪記」は演劇史上に輝く。41歳で主役の林芙美子役をつかみ、89歳まで演じた。人の世は移ろっても、人気は移ろうことなく、上演は2017回を数える▼「げたを足にひっかけて、ぽーんと放って、鼻緒が上か下か、どう出るかわからない。私、明日というものは、こういうものと思っています」と本紙に語っていた。上を向いた鼻緒をひとつ舞台に残して、92歳の幕が静かに下りた。