江戸の古川柳には、庶民のユーモアと知恵が詰まっている。<鉄砲は命を的にうち食らい>。フグの異名が鉄砲だ。ちり鍋を「てっちり」、刺し身を「てっさ」と呼ぶのもそこに由来している。なぜ、鉄砲かというと、二説あるらしい▼「当たると死ぬ」という説のほかに、昔の鉄砲はなかなか当たらなかったことに引っかけ、「うちのは安全です」という宣伝文句との説だ(生田與克(よしかつ)、冨岡一成著『築地魚河岸ことばの話』)▼江戸時代の料理法はフグ汁だけだった。雪の日ともなれば、フグは大層なごちそうだったらしい。専門の調理師などは存在せず、中毒の危険も多かった。<鰒(ふぐ)汁を食わぬたわけに食うたわけ>。うまいフグは食べたいけれど、中毒は怖いという機微を表現している(興津要著『食辞林』)▼そのフグの七十倍もの毒がある魚が今年、北海道から瀬戸内までの海で相次いで見つかっている。ハギの仲間のソウシハギだ。顔が長いところはウマヅラハギと似ている。毒がどの部位にあるのか、はっきり分かっていないので、海釣りファンはどうかご注意を▼日本では、沖縄や高知県沖など、暖かい海域にしか生息しない魚だった。今年は、全国的に水温が高かったために、北上してきたとみられている▼地球温暖化は、自然や生態系を大きく変えようとしている。当たったら怖い鉄砲はフグだけでいい。