ある作業員は福島第一原発に向かう前に、墓参りをした。楽しい思い出が詰まった母校を訪れ、子どものころ遊んだ川べりを歩き、光景を目に焼き付けた。すべては最悪の事態を考えてのことだ▼本紙で不定期に連載中の『ふくしま作業員日誌』は、収束作業の現場で汗を流す人たちから、聞き取りを重ねた証言集だ。初回は昨年夏。四十七歳の男性が、心情を吐露している。「今回の事故は日本の運命を左右するもの。生まれたからには誰かの役に立ちたいという気持ちがある」▼これが現場で働く人たち共通の思いだろう。これまでの『日誌』を読み返して、あらためて感じたのは、東電への不信、雇用条件への不安を抱えつつも働き続ける、使命感だ▼三十七歳の男性は六次か七次の下請け会社で働く。四次なら一万五千円ほどの日当が八千円。同じ仕事なのに、下請けは下に行くほど日当が下がる。それを嘆きながらも「誰かがやらなきゃならない仕事」と現場にとどまる▼危険な現場だとは承知しているが、元作業員の男性(46)が、労基署に申し立てた事実は、おぞましい。彼の同僚は事故直後、高濃度の汚染水につかる一回の作業で、通常なら五年の被ばく線量限度とされる値の、二倍近くも浴びた▼こういう人たちの命を、東電は、どう考えるのか。電気料金の値上げはしても、作業員の待遇は改善しないのか。