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大学入試問題に非常に多くつかわれる朝日新聞の天声人語。読んだり書きうつしたりすることで、国語や小論文に必要な論理性を身につけることが出来ます。会員登録すると、過去50日間分の天声人語のほか、朝刊で声やオピニオンも読むことができます。
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早起きの身に、よく晴れた晩秋の夜明けは気分がいい。きのうは藍色の天空に居待(いま)ち月が浮かび、明けの明星が皓々(こうこう)ときらめいていた。暁を覚えぬ春とは違って、眠気はすっきり心と体から抜けていく▼そんな澄み切った明け方、丘の上の一本の銀杏(いちょう)から、ぎんなんが一斉に飛び降りる童話を宮沢賢治は書いた。木をお母さん、黄金(きん)色の実をあまたの子に擬し、落下を「旅立ち」と描く筆はやさしい▼子らは靴をはき、外套(がいとう)をはおって旅の支度をする。冷たい北風がゴーッと吹くと、「さよなら、おっかさん」と口々に言って枝から飛び降りる――。黄金(きん)の雨が降るような描写を読み直すうち、ふと読者から頂いた便りを思い出した▼去年の今ごろ、作家の故三浦哲郎さんの文を拝借した。郷里の寺の銀杏が、「毎年十一月のよく晴れた、冷え込みのきびしい朝に、わずか三十分ほどで一枚残らず落葉してしまう」。これを文学的誇張であろうと書いたら、そういうことは他でもあると、何人かが教えてくださった▼ある人は「すさまじい光景だった」と表し、ある人は「解脱(げだつ)するかのように」と例えていた。裸になった木の下には厚み10センチほどの絨毯(じゅうたん)が敷かれたそうだ。風もなく、憑(つ)かれたように散る光景を思えば、樹木の神秘に粛然となる▼立冬が近く、けさは各地で一番の冷え込みになるらしい。豪壮な黄葉は今日はどの辺りか。夜はぎんなん坊やをつまみに、深まる秋に浸るもよし。おっかさんの銀杏の木に、感謝を忘れず。