爪は健康のバロメーターといわれる。薄いピンク色なら安心だ。若い女性の間ではネイルアートが人気だが、爪には本来指先を保護する重要な役目がある。抜いてしまうと、痛みが消えても指先に力が入らず、物をうまくつかめないという▼命の炎が消える間際の最後の抵抗だったのだろうか。想像すると胸が痛む。手の爪先に残されたわずかな残留物が、異国で捕らわれの身になった男性の無罪を決定付ける証拠になった▼一九九七年の東京電力女性社員殺害事件で、無期懲役が確定していたネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリさんの再審は、検察側が無罪主張をする異例の展開となり、即日結審した▼これまで弁護側は再三、女性の爪のDNA型鑑定を求めていた。「何も付着していない」などと無視を決め込んだ検察は、再審無罪が濃厚になってから逆転を狙って鑑定に踏み切った。結果は、自らの首を絞めただけだった▼この期に及んでも、当時の捜査に反省するところはない、と言い切る元警察幹部がいることに驚く。真摯(しんし)な反省と検証がなければ、同じ間違いを繰り返すだけだ▼《爪で拾って箕(み)で零(こぼ)す》。苦労して蓄えた物を一度に浪費する例えだ。再審無罪が相次ぎ、不利な証拠を隠す検察の姿勢に裁判所も不信を強めている。先人が築いた信用は、砂上の楼閣になっていることを自覚すべきだろう。