HTTP/1.1 200 OK Date: Sun, 28 Oct 2012 22:21:46 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:週のはじめに考える 人をつなぐ文字、言葉:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

週のはじめに考える 人をつなぐ文字、言葉

 「みんな元気」「大きな未来」。被災地の子どもたちが墨痕鮮やかにしたためます。その笑顔をいつまでも見ていたいから、みんなのこと、忘れません。

 一面のすずりを、がれきと泥の中から拾い上げました。

 タレントの矢野きよ実さん(50)は「霄花(しょうか)」の号を持つ書道家でもある人です。

 矢野さんは昨年四月、日本赤十字の視察団に加わって、東日本大震災の被災地を訪れました。初めての訪問先は宮城県石巻市の雄勝町。日本一のすずりの産地です。偶然とは思えませんでした。

◆心の中に秘めたもの

 集まった人たちに「私たちに何ができるでしょうか」と尋ねると、「元気でいて、そして、私たちを忘れんといて」と口々に。

 傷だらけのすずりを許可を得て自宅に持ち帰り、それを使って「忘れない」としたためました。自分との約束でした。

 あの時を思い出しました。

 十八歳で父親を亡くし、続けていた“習字”もやめようと思ったとき、書道教室の先生が一本の筆をくれ、「何でもいいから書いてごらん」と言葉をかけてくれました。矢野さんは「淋」「淋」と書き続けている自分に驚きました。

 その中の一枚が、公募展に入選し、愛知県美術館に飾られました。それを見た審査員の偉い先生が「何だこれ、さびしすぎてだめだ」とつぶやくのを聞いたとき、「あーよかった」と、胸のつかえが下りました。心の中に滞っていたものを吐き出して、それと真っすぐ向き合うことができたのです。

 被災地で子どもたちと一緒に書を書く「無敵プロジェクト」が始まりました。

 子どもたちは、半紙に向かって、「一人にしないで」「さみしいの」と、まず思いを打ち明けます。止まっていた時計が動き始める音がします。そのうちに「生きる」「がんばろう」「負けない」と前を向き始めます。ここまで来るとそのあとは、好きなことを自由自在に書くそうです。「すし」「おにぎり」「野球」「自転車」…。そして最後に「あーすっきりした」と叫びます。

 こんな場面がありました。

 今年六月、岩手県陸前高田市の竹駒小学校。津波で父親を失った四年生の駿くんは、自分の名前を紙いっぱいに書きました。

 「父ちゃんと母ちゃんにもらった大事な名前…」と彼はつぶやきました。

 すると隣で級友が、駿くんのために力強く書いたのです。「君は一人じゃない」

 文字が、言葉が、子どもたちをつないでいくのがわかります。

◆卒業式まで預かるよ

 うれしい言葉は、仮設住宅へ持ち帰ってもらいます。悲しい言葉は矢野さんが預かります。矢野さんの手元には、およそ千枚の作品が大切に保管されています。彼らが卒業するときに、返してあげるつもりです。

 経済学者の宇沢弘文さん(84)に教わった逸話を思い出しました。

 明治の初め、福沢諭吉と初代文部大臣、森有礼の間で論争がありました。「education」という英語を、どう日本語に翻訳するか。福沢はそれに「開発」という言葉を当てました。子どもたちが生まれつき持つそれぞれ違う能力を、そのまま引き出し、花開かせてあげること。

 森有礼が選んだ言葉が「教育」でした。国や社会の理念に沿って、教え育てていくことです。

 今の時代に必要なのは「開発」の方かもしれません。

 子どもたちだけではありません。3・11の爪痕のあまりの大きさに、日本中が言葉を失いました。

 政治は混迷、経済は低迷、勇気や元気は、だれかにいただくものになりました。

 原発がなくなったらどうするの。これ以上経済が落ち込んだらどうするの。この国をだれに導いてもらえばいいの。

 途方に暮れて声だけ大きな人たちの、空虚な言葉に身を任せようとしています。

 止まった時計は、結局自分で動かすしかありません。それには、被災地の子どもたちがそうしたように、自分自身の秘めた言葉を一つずつ、取り戻さなければなりません。その言葉を目標に、少しずつ、自分の足で、前へ進まなければなりません。

◆繰り返し、繰り返し

 その気になれば、太陽や風の力を今よりもっと引き出すことも、難しくはないでしょう。原発のない豊かな社会は、夢物語ではありません。

 自分だけの言葉を思い出してほしいから、私たちは、うつろう時間と季節の中で、繰り返し、繰り返し、紙面に刻み続けます。

 あなたのこと、忘れません。

 

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