庭の柿が鈴なりに実ったと、知人から柿の実をどっさりといただいた。小粒ながら、凝縮された自然な甘味が口の中に広がった。きょうは二十四節気の霜降。虫の声は弱々しくなり、里に下りたヒヨドリが柿の実をついばむ▼<里古りて柿の木持たぬ家もなし>。松尾芭蕉が故郷の伊賀上野で詠んだ句だ。都市部では減ってきたとはいえ、実がたわわになった柿の木は、日本の原風景である▼樽(たる)柿なら七つ八つを一度に食べた正岡子規が、夏目漱石に付けたあだ名は「柿」だった。<ウマミ沢山 マダ渋ノヌケヌノモマジレリ>という理由を、俳人の坪内稔典さんが近著『柿日和』に書いている。自説を曲げない頑固さを子規は「渋ノヌケヌ」と言い当てている▼<弟がたいてい利発柿の家>は坪内さんの名句。跡取り息子は少し頼りなく、いずれ家を出ていく弟は独立心が旺盛。ありがちな家族の像をさらりと切り取った▼江戸の後期まで砂糖は庶民の手に届かず、甘い食べ物の代表は干し柿だった。敗戦後の砂糖のない時代は甘味の代わりに重宝がられた。海外でも「KAKI」で通じる日本を代表する果物だ。その柿も福島で逆風を受ける▼伊達地方では名産の「あんぽ柿」の加工を今年も自粛する。皮をはぐ除染をしても放射性セシウムの値が基準を超えたためだ。実りの秋が、失意の秋になる場所がこの国にはある。