他人のパソコン(PC)の遠隔操作事件で、警察が逮捕した四人の男性は全員無実だった。サイバー犯罪捜査の拙劣さばかりか、ずさんさがはっきりした。捜査の在り方を根本的に見直すべきだ。
「真犯人でない方を逮捕した可能性は高い」。警察庁の片桐裕長官はそう述べて誤認逮捕を認めた。警察トップとしての異例の発言は、事態の重大さと強い危機意識を示している。
犯罪予告を書き込んだり、脅迫メールを送りつけたりする事件が相次ぎ、四人を逮捕したのは神奈川県警、警視庁、大阪府警、三重県警だった。持っていたPCのネット上の“指紋”といえるIPアドレスを追跡する捜査手法で突き止めたのだ。
ところが、先週になってTBSと弁護士に犯行声明のメールが届く。遠隔操作ウイルスを作ったという事実に加え、表沙汰になっていなかった犯罪予告や犯行手口にまで言及していた。警察はこのメールの送り主が真犯人と断定せざるを得なくなったようだ。
声明は「警察・検察をはめてやりたかった」と動機を記した。残念ながら現実はまさにその通りになった。一連の事件の捜査がいかに粗雑だったかが発覚した。
一番深刻なのは、小学校の襲撃を予告したとして神奈川県警が逮捕した東京の大学生だ。有罪扱いされ、家裁で保護観察処分が確定していた。明らかな冤罪(えんざい)だ。名誉回復が急がれる。
大学生のPCは遠隔操作されたのではない。犯罪予告が知らぬ間に書き込まれるよう仕組まれたネット掲示板の“わな”を不意にクリックしたのが真相だ。
だが、身に覚えがないはずなのに、横浜地検に「楽しそうな小学生を見て、困らせてやろうと思った」と供述したという。自白のでっち上げの疑いが濃厚だ。
幼稚園と有名子役の襲撃を予告したとして警視庁が逮捕した福岡の男性のPCには、真犯人が意図的に脅迫文を残していた。その文書を動かぬ証拠と信じ込まされ、男性に自白を強要したり、誘導したりした恐れがある。
容疑の否認を聞き入れない。アリバイを調べない。PCのウイルス検査をしない。そんな捜査の基本さえなおざりで傲慢(ごうまん)だった。もはやIPアドレスと自白に頼り切った旧来の捜査手法は危ない。
警察は卑劣な真犯人に迫るべきだ。だが、肝に銘じるべきは「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜(むこ)を罰するなかれ」である。
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