ギリシャ神話の女神テミスは正義を司(つかさど)る。右手に剣、左手に天秤(てんびん)。正邪を厳密公正にはかり、断を下す。司法の象徴として、その像は最高裁の大ホールにも鎮座している▼さすがに、その秤(はかり)の傾きのひどさに、腹を据えかねたのだろう。最高裁が、前回の参院選での一票の格差は「違憲状態」だと断じた。何しろ、鳥取と神奈川では、一票の重さが五倍も違う。どんな秤で量っても、同じ重さとはいえまい▼選挙のやり直しまでは命じなかったが、都道府県を選挙区にする制度自体の見直しにまで踏み込んだ。少数意見ながら「このままなら次の選挙は無効」とまで指摘した判事もいた。慎重居士の最高裁が珍しく踏み込み、その剣先を、国会議員の首筋で寸止めしたような様相だ▼衆院選での格差も、最高裁はすでに、違憲状態だと断じている。立法府がまるごと「ほぼ憲法違反の体」というのは、余りにたちの悪い冗談だ。加えてややこしいのは、この異常な事態を解消しうる権限を持つのも、違憲状態の選挙で選ばれた議員たち、ということだ▼「国会は国権の最高機関」と憲法は謳(うた)う。『字通』によれば、「権」という字には元来、秤のおもり、という意味がある。国の「おもり」がいい加減では、的確な判断も期待できない▼国会議員がこのまま選挙制度の秤を正さねば、司法の剣が、議員の首を断つことになる。