たばこの吸い殻の形で、男のうそに気付くというのは、男女の機微に通じた演歌の世界。<うそつきは、うそ一つを信じ込ませるために、ほんとうのことを百言う>と米国の諺(ことわざ)にあるように、事実の中に紛れ込んだうそは、見抜くのが難しい▼説明は変遷を重ねるばかりだ。iPS細胞(人工多能性幹細胞)からつくった心筋細胞を患者に移植することに成功した、との研究成果を発表した森口尚史氏。事実無根だったとして、共同通信の配信記事を掲載した本紙もおわびを載せた▼「米ハーバード大客員講師」を名乗った森口氏が、iPS細胞に関する研究などでメディアに登場するようになったのは一九九〇年代半ばからだ▼二〇一〇年から、東大付属病院で細胞や臓器の凍結保存技術の確立を目指す国際共同研究プロジェクトに関与し、iPS細胞の保存研究をしていたことは事実のようだ▼それ以前は東大先端科学技術研究センターの特任教授だったが、技術の評価や戦略の研究者だった。医師免許は持っているかどうかも定かではないという▼いずれ明らかになる作り話をなぜメディアに持ち込んだのかは分からないが、誤報はiPS細胞の実用化を心待ちにしている難病患者や家族の気持ちを踏みにじってしまった。裏付けを十分に取るという取材の基本をあらためて思い知らされた。自戒を胸に取材に臨みたい。