ノーベル文学賞が中国の作家、莫言氏に贈られる。表現の自由が制限される中国で、政治に仕える文学でなく、土地と民衆に根を下ろした表現を貫いた。自由に発表のできる先駆けとなってほしい。
中国では珍しい農村出身の作家である。八人兄弟の末っ子でもあり、本紙の取材に「一日に三食ギョーザが食べられると聞いて」作家を目指したと答えた。ユーモア感覚を持つ人でもある。
代表作には、張芸謀監督が映画化し、日本でも話題となった「赤い高粱」をはじめ、「酒国」や「豊乳肥臀(ひでん)」などがある。多くは、山東省の故郷をモデルにした架空の村を舞台に、たくましく、したたかに生きる農民を描いた。
中国の農村を、時空を飛び越えて、幻想的に描く手法が「魔術的リアリズム」と評される。ノーベル賞作家、ガルシア・マルケス氏の影響を受けたともいわれる。
共産主義の模範的人物は描かない。文化大革命の時代に大いに宣伝された「文学は政治に奉仕するもの」という、中国文学の伝統を打ち破った一人ともいえる。
近著「蛙鳴(あめい)」は、現代中国の社会問題の一つである一人っ子政策の非人間性に鋭く切り込んだ。
農民作家としてスタートした莫言氏は、今や文芸の領域にとどまらない発信力を持つといえる。
中国にとっては、獄中にある民主活動家、劉暁波氏に続く二人目のノーベル賞受賞となる。
二年前の劉氏受賞の時と異なるのは、初めて中国共産党や政府と国民が、喜びを分かち合える受賞となることであろう。
中国は、共産党の一党独裁を批判する劉氏がノーベル平和賞の授賞式に出席することを認めなかった。国際社会は「中国が巨大な監獄になった」と批判した。
世界第二の経済大国になりながら、権力に歯向かう獄中犯しか受賞者がいないことに、中国ではいらだちと反発が強かった。
だが、莫言氏の受賞を機会によく考えてほしい。社会の矛盾を克服し、市民の権利を広げようという声を抑圧するのは、真の大国にふさわしいのだろうか。
文革時代の文芸政策を推進した「四人組」の打倒は、政治的な建国に続き、文化面では「第二の解放」とも呼ばれた。
莫言氏の受賞決定を好機に、第三、第四の解放とでもいえるような自由な言論空間を広げてほしい。それが、中国の政治改革につながることを期待したい。
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