すべてが流された被災地にコン、コンという澄んだ音が響いていた。昨年六月、宮城県石巻市の北上川のほとり。県産の天然スレート(粘板岩を薄く割った板)にひびが入っていないかを一枚ずつ調べる音だった▼文化財の修復に定評のある熊谷産業(熊谷秋雄社長)は、東京駅丸の内駅舎の復元工事で屋根の調査・解体を手掛けていた。屋根からスレートをはがして石巻の工場に運び、再利用できるものを選別、加工し、発送の準備をしている時に津波が襲った▼水が引いた後、泥やがれきの中から約四万五千枚を掘り出した。汚れを洗い落としたスレートは今、南北ドームなどの屋根を飾り、落ち着いた光をたたえている▼東京駅の丸の内駅舎はきのう、五年を超える保存・復元工事を終え、大正三年の創建時の姿で全面開業した。ドームの下や駅舎の外はカメラを抱えた人たちで大にぎわいだった▼関東大震災に耐えたれんが造りの駅舎は、昭和二十年五月の空襲で炎上し、ドーム屋根や建物の内側を焼失した。今回の復元工事で、れんがを覆っていた内部の壁が一部ではがされ、黒焦げになった木製のれんががあらわになった場所も▼触れると真っ黒な煤(すす)が指につく。かすかに残るにおいが六十七年前の戦争を伝えている。最新の免震技術に守られ、震災からの復興のシンボルを頂く首都の顔は、戦災の記憶も刻む。