勝負がついた後、よろよろと立ち上がった力士の額と腹にはたっぷりと砂が付いていた。まるで敗者のようだ。持てる力を出し尽くして、大きな壁を乗り越えた男の姿だった▼大相撲秋場所の千秋楽。大関の日馬富士は、結びの一番で二分近い大熱戦の末に横綱の白鵬を破り、二場所連続の全勝優勝を飾った。幕内でも最軽量級の力士が、来場所の横綱昇進を確実にした▼五十本近い懸賞がかかったこの大一番を土俵の近くで観戦した。落ち着いていた日馬富士の顔が仕切りの間にみるみると紅潮していくのが分かる▼立ち合いから不利な体勢になっても、頭をつけて耐え抜いた。双方が技を繰り出すたびに、東京・両国国技館が揺れるような大歓声と悲鳴が交錯する。大一番を制したのは挑戦者だった▼安馬のしこ名でとんとん拍子に大関昇進を決めたが、日馬富士に改名した後は、けがも重なり低迷が続いた。大関通過二十二場所は昭和以降四番目のスロー昇進だ▼<上手ほど名も優美なり角力取(すもうとり)>其角。力士のしこ名は不思議だ。最初はよい名とは思えなくても、強くなると自然に定着する。日馬富士は横綱らしい響きのしこ名になった▼豊富なけいこに裏打ちされた相撲で体格の差をはね返してきた。同じモンゴル出身で一歳違いの白鵬にはライバル意識が強い。十六場所ぶりの東西の横綱で角界をもり立ててほしい。