正午から発表される「重大発表」とは何か。休戦? 降伏? 宣戦布告? 三つの単語を書いた紙が昭和二十年八月十五日午前中の授業時間に回ってきた。医学生はソ連への宣戦布告に迷わず丸を付けた(山田風太郎著『戦中派不戦日記』)▼昭和天皇の「玉音放送」をラジオで聞いた衝撃は一日遅れで克明に記されている。<その一瞬、僕は全身の毛穴がそそけ立った気がした。万事は休した! 額が白み、唇から血がひいて、顔がチアノーゼ症状を呈したのが自分でも分った>▼心の底では「日本必勝」などは信じていなかった。しかし、そんな見方をすることは許されない、と分裂する別の自分が、敗戦を告げる天皇の声に強く反応した▼軍部に弾圧された人は放送を歓迎した。治安維持法違反で投獄された経済学者の河上肇は出獄後、病床にあった。<あなうれしとにもかくにも生きのびて戦やめるけふの日にあふ>。放送を聞いてつくった短歌である▼「国民に敗戦を伝えたラジオ放送を何と呼ぶ?」。中日新聞が中部地方の高校生百人に太平洋戦争にちなむクイズを出した。一番正答率が低かったのがこの問題だ。「玉音放送」と答えたのは八人だけだった▼昭和天皇が亡くなった後に生まれた世代だ。天皇が神格化されたあの時代は遠い歴史になったのだろうか。昭和は遠くなりにけり、とつぶやいてしまう。