天才とは、常識の中に閉じこめられた謎を見つけ、それを解いて新たな常識を紡ぎ出す人ではないか、と思う▼十七世紀のデンマークの科学者ニコラウス・ステノは大天才だった。涙は悲しみによって脳からしぼり出されると考えられていた時代に、涙腺を見つけた。唾液の出どころも発見した▼彼の生涯を描いた『なぜ貝の化石が山頂に?』(清流出版)によると当時の神学者は、山の上で海の生き物の化石が見つかるのは、ノアの洪水の名残だと考えていた。化石は地中で育つのだという考え方もあった。そうではなく、海底が隆起して山になったからだと、今は子どもでも知っている。これもステノの業績という▼さて、山頂の貝の謎を解いた大天才に、お出まし願いたいような謎がある。東京タワーの地上三百六メートル部分の支柱の中から軟式ボールが見つかった。半世紀前の建設時に作業員が記念のため入れたのか。資材置き場で遊んでいた子どもが投げた球か。ひょっとしてウルトラマンのいたずらか▼既に運営会社には、「私が入れました」という自己申告を含め、十件以上の情報が寄せられているという。情報を確認中というから、早々に真実が分かるかもしれない▼でも、正直言うとあまりに早く答えを知りたくない気もする。「三丁目の夕日」時代の化石は、いろんな想像を膨らませてくれる素敵(すてき)な謎だから。