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大学入試問題に非常に多くつかわれる朝日新聞の天声人語。読んだり書きうつしたりすることで、国語や小論文に必要な論理性を身につけることが出来ます。会員登録すると、過去50日間分の天声人語のほか、朝刊で声やオピニオンも読むことができます。
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東京のタクシーに10年乗務した作家の梁石日(ヤン・ソギル)さんは、お客からありとあらゆる話を聞かされたという。『タクシードライバー日誌』(筑摩書房)にある。「何を話しても実害がないという点で、タクシー運転手は恰好(かっこう)の話(はなし)相手になる」▼客にも当たり外れがある。たわいもない世間話ならまだしも、酔客の繰り言に付き合う夜は「相づちも料金の内」と耐えるほかない。この世の活力と倦怠(けんたい)、喜怒哀楽のすべてを乗せて、いま全国で25万台が走る▼日本のタクシーがこの夏で100年になるという。政友会の議員たちが東京で「タクシー自働車」なる会社を起こし、T型フォード6台を銀座と上野に待機させたのが始まりとか▼初乗り1マイル(約1.6キロ)が60銭、今なら数千円という高さだが、実用の足として繁盛し、10年で500台を超えた。運転手は、詰め襟に乗馬ズボンの粋な制服、給料も破格で、新時代の花形職種だった▼以来1世紀、タクシーは公共交通の一翼を担ってきたが、規制緩和の末に業界は過当競争にあえぐ。運転手の平均年収は300万円に届かず、過労ゆえの事故も多い。若い人は長時間労働を敬遠し、ドライバーの平均年齢は57歳に達する▼足腰の弱まる高齢化社会で、タクシーの公共性はますます高い。地理に明るく、技術に優れ、愛想もいい。そんな当たり外れのないサービスは、ハンドルを握る者の暮らしが安定してこそだ。新世紀に生き残るのは、目先の利益より運転手を大切にする会社に違いない。