鰻(うなぎ)屋の隣に越してきた男は、鰻を焼く匂いでご飯を食べるのが日課だった。月末、鰻屋の主人が、請求書を持ってきた。「うなぎのかぎ代、六百文」▼男は、持ってきた小銭をじゃらりと鳴らした。「匂いのかぎ賃だ。そっちも音だけ取っておきな!」。渋ちんな主人公が登場する落語のまくらでよく聞く小咄(こばなし)である▼あすは土用の丑(うし)の日。万葉の歌人も<夏痩せによしといふものぞむなぎとり召せ>(大伴家持)と詠んだ夏のスタミナ源だが、これだけ高騰すると、匂いをかぐのもただでは申し訳ない気もしてくる▼稚魚のシラスウナギの不漁で、活ウナギ相場は一年前より五割高く、値上げのおわびを貼り出す店も多い。スーパーでは、他の魚や肉を代用品にした“かば焼き”が人気を集めているという▼ウナギの生態は謎が多い。日本から二千五百キロも離れた西マリアナ海嶺で産卵することがようやく突き止められた。はるかな旅の果てに稚魚は河口で捕獲され、養殖業者に卸されるが、近年は漁獲高が激減している。原因は乱獲と環境悪化。河口で取り尽くせば、産卵する親ウナギも減るのは自明である▼卵から育てる完全養殖技術を他国に先駆け確立したものの、商業化には課題も多い。伝統の味を守りたいなら、ワシントン条約による規制を他国から持ち出される前に、資源を守るために知恵を絞るべきだろう。