HTTP/1.1 200 OK Date: Mon, 09 Jul 2012 03:21:10 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:週のはじめに考える 今はまだ途上を歩く:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

週のはじめに考える 今はまだ途上を歩く

 大震災は、この国の迷いをあぶり出したのかもしれません。被災した人も、そうでない人たちも、今ともに途上を歩く。あの日から間もなく五百日。

 潮騒は、ここまで届きません。

 福島県いわき市の鈴木富子さん(58)は、海辺で三十一年間営んできたカフェと自宅を、震災の津波で失いました。

 今はまだ仮住まい。しかし「このままで終わりたくない」と四月末、市内で店を再開することができました。

 常磐炭鉱の跡地に近い、JR湯本駅前の商店街。七坪の小さなカフェの名前は、以前と同じ「サーフィン」です。

◆ふと不安になる時間

 山ぎわの景色の中に、鈴木さんは可能な限り、海辺の店を再現しようと試みました。漆喰(しっくい)の白壁で明るい雰囲気を醸し出し、木枠の窓には、オレンジと青のステンドグラスをちりばめました。

 改装費用の半分は「仮店舗開設資金」として県から補助を受けました。あと半分は銀行からの借り入れです。

 白壁にパッチワークのタペストリーを飾っています。鈴木さんが、ひいおばあさんの着物をほどいて二年がかりで縫い上げました。

 被災から三カ月後、自宅があった場所から二キロ離れた海岸で、奇跡的に見つかりました。少し色あせてはいましたが。

 借金を背負って、毎日しゃかりきに働きながら、鈴木さんはふと不安になるそうです。

 「お客さんが戻ってくれるのは心底うれしい。でも私、今何でこんなに一生懸命、がんばっているんだろう」

 客足の途切れた海辺の店内で、窓越しに午後の日差しを浴びながら、パッチワークにいそしむ時間が、鈴木さんは大好きでした。

 被災後なぜか、パッチワークを作れません。作りたい気持ちはあっても手先が動いてくれません。

 「途上なのかなあ…」。鈴木さんは、つぶやきました。

 宮城県気仙沼港では六月六日、カツオの初水揚げがありました。

 漁港や市場だけではありません。氷屋さん、箱屋さん、運送屋さん、餌屋さん…。町の隅々まで根を張った「水産」という巨大なシステムが、その日から稼働し始めます。

 震災で港の市場が半分水没し、加工場が集まる南気仙沼地区も壊滅状態に陥りました。それでも、十五年連続カツオ水揚げ日本一の記録は途切れませんでした。水産のまちの誇りです。

◆カツオは来てくれた

 水産業の柱といわれる製氷工場は、年内に震災前の生産量を取り戻す見込みです。七十〜八十センチも沈下した地盤のかさ上げ、盛り土工事も、進んではいくでしょう。それでも、海の男は不信と不安を口にします。

 例えば加工団地を造る構想が、具体化しています。国や自治体が提示する補助金のメニューは豊富です。ところが、なかなか口にはできません。「来年の秋までに使いなさい」とか、難しい条件が、決まってついてくるからです。

 放射能の風評被害は、去年よりひどくなっています。いきのいいカツオがせっかく市場に揚がっても、売れないと気持ちがなえてしまいます。心の溝にも、かさ上げ工事が必要です。

 気仙沼商工会議所副会頭の岡本寛さん(61)は「今年もカツオは来てくれた。とてもうれしい。けど少し疲れたなあ」と苦笑い。そして「まだ途上ですから…」と。

 時代の大きな変わり目を前にして、私たちは希望と不安を交互に感じているようです。被災地でも、それ以外でも、その点は同じなのかもしれません。先進国を気取っていても、私たちはまだ、途上で揺れているのでしょう。

 いわき市の鈴木さんは言いました。「社会って、パッチワークのようなものですね」

 三角や丸、四角いパターン(型)をデザインし、芯を入れ、裏地を張ってキルトにし、丁寧に大切に、小さなパターンをつなぎ合わせて作品を完成させる。

 被災地に学び、被災者に寄り添いながら、かけがえのない命を貴び、人と人とがこまやかに結び付き、原発に頼らなくてもびくともしない、「自治」というパターンをまず縫い上げる。

 それらを一つ、また一つ、強固につなぎ合わせると、「日本」という新しい作品が出来上がる。

◆また新たな頂上へ

 私たちはパッチワークを縫うように、着実に、胸を張り、左右の景色を確かめながら、途上を歩いていこうと思います。

 たとえそれが、これまでに経験したことのない、下り坂であったとしても。また次の頂に登る明日を楽しみに。

 

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