敗戦から間もなく、長男から誕生祝いをせがまれた詩人のまど・みちおさんは、おもちゃを買うお金がないので東京の上野動物園に出掛けた。ゾウもライオンもトラもいない。戦争中に軍の命令で殺されたからだ▼空襲で焼けたゾウ舎の前に親子でたたずんだ時、子どもがゾウと対話する詞が浮かんできた…。童謡「ぞうさん」の誕生秘話として伝わるが、実際は幼児向けの童謡の歌詞を依頼されたまどさんが一晩で書き上げたらしい▼上野に再びゾウが来たのは一九四九年。子どもたちの手紙に心を動かされたインドのネール首相が「インディラ」を贈り、タイからも「花子」がやって来た。インディラの贈呈式で披露されたのが「ぞうさん」だった。一目見ようと全国から人が押し寄せた▼上野動物園は今、ジャイアントパンダの二世誕生に沸いている。「育児放棄か」と気をもませる母親シンシンの子育てに注目が集まっているが、戦争を遂行するために、動物を犠牲にした痛ましい歴史はどこかにとどめておきたい▼政府の国家戦略会議の分科会は、集団的自衛権の行使を容認する提言を盛り込んだ報告書を野田佳彦首相に提出した。憲法解釈の変更に道を開く極めて重大な提言が、数回の会合で突然打ち出されることに強い違和感を覚えてしまう▼低姿勢の仮面の下から、政権の危うい本性がまた一つ浮かんできた。