過日、訪れた佐渡はちょうど田植えの最中だった。山あいなどに少し変わった水田があることに気付いた。はじの方にあぜで区切られた「江(え)」と呼ばれる一角があるのだ▼田んぼには六月から、八月の出穂期にかけて、「中干し」という水を抜く時期がある。この時、江に水を張って生きものが逃げ込む場所をつくろうという発想だ。江のある田んぼはドジョウの生息数が多いという▼江や魚道の設置、農薬や化学肥料を通常の五割以上減らす…。佐渡市が認証するブランド米「朱鷺(とき)と暮らす郷(さと)」を作る農家の条件だ。冬も五センチぐらいの水を張り、一年を通じて小さな命を育む環境を維持する試みが続く▼放鳥されたトキのカップルから誕生したひなのうち、三羽の巣立ちが相次いで確認された。野生のひなの巣立ちは三十八年ぶりになる。巣立ったひなは親鳥のそばで餌の取り方などを学び、約二カ月後に独り立ちするという▼天敵にも負けなかったひなの巣立ちの陰に、減農薬の米作りを通じ、餌場となる自然を守ろうという農家や住民たちの心意気があった。営巣地近くに作られたビオトープにも、親鳥が餌を取りに来ていたという▼「ほら、うちでは有機肥料しか使わないんだよ」。トラクターで代かきをする息子を見守っていたお父さんが、自慢げに袋を見せてくれた。田植え機の音も、優しく響く朱鷺の郷だった。