昨年のアラブの春から一年余。エジプトが大統領選の投票へとこぎ着けたことは、まず評価されねばならない。イスラム主義にせよ世俗にせよ、この大国の民主化は中東全体の重大事なのである。
選挙運動中、エジプト人はもちろん、アラブ世界の人々が目をみはったのは、候補者同士の公開討論会が開かれたことだった。しかもテレビ放映された。
討論はイスラム同胞団の元幹部とムバラク政権時代の外相経験者二人だけだったが、熱を帯び四時間を超えた。家にテレビのない人が多いから、カイロなどの喫茶店は満員となり、だれもが耳を傾けた。アラビア語はアラブ世界共通だから国外でも見られたはずだ。
二人だけにせよ、宗教運動家と世俗政治家との公開討論など、過去、想像すらされなかった。しかも民衆が直接、自分たちの投票で大統領を選ぶのは、ナセル革命の前にも後にもなく、ムバラク時代はいつも翼賛選挙だった。
ムバラク政権の退陣後、軍が暫定統治を続けている。すべてが公平公正とまでは言えず、反発も散見された。だが、今は人々が喜んで投票に行けるという果実の方が断然大きい。
主な候補者は世俗派二人、イスラム主義者二人、それに一部の若者の支持を得ている元人民議会議員の五人である。それぞれ組織力や知名度を競っている。残念なのは、アラブの春で活躍した若者たちが糾合、団結できなかったことだ。経験を積み、ぜひ力を蓄えてほしい。
ともあれ、アラブの盟主エジプトは、いよいよ民主化の扉を開けようとしている。大統領を決めれば、次には新憲法の制定という重要な仕事が待っている。
非イスラム世界にはイスラム主義の台頭を恐れる傾向がしばしば見られる。しかし、それはどうだろう。欧州に近いトルコや、アジアならインドネシアはイスラムを掲げる大国でもある。
今、エジプトに必要なのは政治では民主化、生活では貧困と失業の解消である。カイロのイスラム教最高指導者は、全エジプト人の団結と人権を求めた。
この国では宗教は世俗を、世俗は宗教を相応に扱わねば、民主の原則から外れてしまう。過半数得票者がなく決選投票へもつれこむ公算もある。争点が絞られ、より深まると考えたほうがいい。中東だけでなく世界のためにも公明正大な選挙の完遂をまずは望む。
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