エジプトに、アーデル・イマームという人気俳優がいる。かなり古い彼の主演映画『テロリズムとケバブ』は観(み)たことがある▼ある簡単な手続きのため役所に行った市民が、公務員のあまりに怠惰な態度に腹を立て、はずみで警察官のライフルを手にしてしまったことから「テロリスト」にされてしまうお話。“お役所仕事”ぶりを痛撃する上質な喜劇だった▼そのイマームさんが、イスラム主義者を演じたコメディー映画『テロリスト』などでイスラム教を侮辱したとして少し前、有罪判決を受けた。標的にされたのは一九九四年の作品だ。世俗主義をとりイスラム主義を封じ込めたムバラク政権が倒れた民主革命。以後のイスラム主義の台頭がうかがえる▼その国の針路を決める大統領選が行われた。早ければ二十六日にも大勢が判明するが、どんな思いで国民が投票したかを考えると思いは少し複雑である▼革命は自由にものも言えない前政権の非民主的性格にノーを突きつけたが、世俗主義まで拒否したわけではあるまい。同時にイスラム主義の徹底弾圧にはノーでも、イマームさんのコメディーに目くじら立てるような極端なイスラム主義を望んだとは思えない▼なのに大統領の有力候補は、世俗派だが前政権につながる二人と前政権とは無縁だがイスラム勢力の二人…。人々が革命に見た夢と選択肢にズレがある。