厚い雲が恨めしく感じた人が多かったかもしれない。東京ではきのう朝、雲の波の合間に、美しい絵画のような金環日食を望むことができた。全国で広範囲に見られたのは平安時代以来の九百三十二年ぶりだという▼雲がフィルターになって肉眼でも確認できたことが災いし、雲が晴れた瞬間のまぶしい輝きに、目を痛めたご同輩はいないだろうか。自然が生み出す金のリングを都内で次に見られるのはちょうど三百年後である▼コンピューターが精緻な予測を弾(はじ)き出すのを当たり前だと感じているが、天体を肉眼で測定し、算術で日食や月食の日を予想して暦がつくられていた時代があった▼日本の天文学者の祖である渋川春海は江戸前期、日本独自の暦をつくる事業(貞享改暦)を成し遂げた。その生涯を描いた小説『天地明察』で作者の冲方丁(うぶかたとう)さんは春海にこんな言葉を言わせている▼「星はときに人を惑わせるものとされますが、それは、人が天の定石を誤って受け取るからです。正しく天の定石をつかめば、天理暦法いずれも誤謬(ごびゅう)無く人の手の内となり、ひいては、天地明察となりましょう」▼現代の天文学をもってしても、解明できない宇宙の定石はあまりにも多い。震災は自然を前にした人間の小ささを教えてくれたが、忘れてしまうのも人間の性である。天体ショーは宇宙への畏敬の心を思い出させてくれる。