昭和電工を興し、水力発電事業なども手掛けた戦前の実業家の森矗昶(のぶてる)には、こんな口癖があったそうだ。「うちは三井、三菱とちがう。日本中の人にお客さんになってもらわなけりゃ、やって行けない」。森をモデルにした小説『男たちの好日』を書いた城山三郎さんが明かしている▼就職試験で落とした学生には出掛けて頭を下げた。「残念なことに、この度は縁がなかった。まことに申訳ない。来てくれたきみたちの気持を、いつまでも有難く思っているよ」▼味方をつくる力が抜群だったという。将来、顧客になる可能性のある人たちを大切にしようとしたのだろう。「圧迫面接」と呼ぶらしいが、高圧的な態度で学生に接する企業の担当者に読ませたい▼就職戦線は、わずかな光が差してきた。大手企業にこだわらない学生が増え、今春卒業した大卒の就職率は四年ぶりに改善に転じた。一方で就職の失敗が原因で昨年、自殺した三十歳未満は百五十人にも上った。調査が始まった二〇〇七年の二・五倍だ▼何回面接を受けても、内定をもらえない。全人格を否定されたような絶望感を想像する。「一に雇用、二にも雇用」と訴えた首相もいたが現政権には雇用への熱意はあまり感じられない▼景気低迷と円高、震災で就職難はまだ続きそうだ。失敗しても何度でもやり直しができる。そんな寛容な社会を目指したい。