北アルプスで相次いだ遭難事故は、天候が急転する春山の危険性をあらためて見せつけた。計十人の犠牲者のうち、八人が六十歳以上だった。中高年登山には入念な準備と引き返す勇気が必要だ。
軽装で過ごせる陽気と、一気に氷点下になる冬山の要素が混じり合うのが、春山の特徴だ。日本山岳協会では「登山者は冬山の装備や対策を入念にせねばならない、やっかいな時期だ」という。
今月上旬に長野、岐阜両県にまたがる北アルプスの白馬岳で六人、爺(じい)ケ岳で一人、涸沢岳で一人が低体温症で死亡した。全員が六十歳以上で、最高齢者は七十八歳だった。
遭難したときは、気圧の谷が通過したため、わずかの間に天候が急変し、吹雪と強風に見舞われたとみられる。白馬岳の人々は尾根で、軽装姿のまま倒れていた。だが、リュックの中からは、ダウンジャケットや簡易テントなどが見つかった。何が起きたのか。
様子が突然一変して、“冬山”の猛威が牙をむいたのは確かだろう。「急速に体温が奪われ、いけないと思ったときは手遅れになるケースがある」と同協会はいう。この時期は雪質も数時間で変化する。凍っている早朝から行動するが、雪がゆるむと、足が埋もれ、急速に体力を消耗する。だから、「正午ごろには目的地に到着することが基本」とも指摘する。
警察庁の統計では、二〇一〇年の山岳遭難者約二千四百人のうち約76%が四十歳以上を占め、中でも五十五歳以上は約60%に上っている。遭難者数自体が〇一年と比べ、一・六倍にも増えている。中高年の登山者はよほど注意を要するわけだ。
年齢的な体力は年を重ねるごとに千差万別で、自分が思う以上に体力が消耗したりする。登山には心肺機能や筋力などの行動体力と、寒さなどに耐える防衛体力が必要だ。後者は経験で培われるので、初心者がいきなり名峰に挑むのはむろん禁物だ。
死亡者にはキリマンジャロの登山経験者も含まれていた。経験豊富でも悲劇を招く自然の恐ろしさを物語る。登山ルートをつくる上では、天候や体調次第で引き返したりする計画も欠かせない。
国立登山研修所によれば、〇九年の登山人口約四百三十万人のうち、中高年が約二百六十万人を占める。安全第一という“心のザイル”を引き締めてほしい。
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