病床のおじいさんが、見舞いに来た孫に、子どものころのことから戦争や結婚を経て現在に至るまでの来し方を語る。こんな風に−▼けんかもしたし、危ないこともした。もう少しでバスにひかれそうになったこともあるし、困った場面もあった。だが、いつもうまくいったんだよ…。ユッタ・バウアー作・絵の絵本『いつも だれかが…』の話▼それぞれの出来事を描いたやさしい絵にはすべてうっすらと天使が描かれている。それが<いつも>おじいさんを助けてくれていた<だれか>。天使でなくても、そうした、実は陰で支えてくれている<だれか>に気づかぬまま過ごしている面は、誰にでもあるのだろう▼電気を好きなだけ使う生活にも似たことは言えるかもしれぬ。それが、実は原発立地を受け入れた地域の「負担」の上に成り立っているということを、電気を消費するだけの側はあまり意識してこなかった。あの事故が起きるまでは▼そういう<だれか>でいえば、フクシマはオキナワにつながる。ふだんあまり意識していないが、日本の安全保障体制は間違いなく、米軍基地という「負担」の大半を沖縄に押し付けることで成立している▼<負(ウー)しらってぃ馬(ウンマ)ぬ鞍(クラ)>とは、責任のない重荷を押し付けられたことを指す沖縄の諺(ことわざ)だという。その重さに思いを致したい。今日で沖縄返還からちょうど四十年になる。