台風で社が流された跡に、深い穴が現れた。学者が調べても見当がつかないほど深い。譲り受けた「利権屋」が都会で営業する。「原子炉のカスなんか捨てるのに、絶好でしょう」▼数千年は絶対に地上に害は出ない、と説得された村人は、利益の配分を得ることで納得。争って契約した原発企業は「原子炉のカス」を捨てた。汚物を長大なパイプで流し入れる計画も持ち上がり、都会の汚れを洗い流してくれた…▼星新一さんのショートショート「おーい でてこーい」のストーリーだ。発表されたのは一九五八年。日本初の商業原子炉が稼働する八年も前のことになる▼穴に放り込んだごみが、自分たちに降り掛かってくることを示唆して作品は終わる。原発や放射性廃棄物を過疎地に押し付けた果てに、取り返しの付かない原発事故を経験した今、作家の想像力に脱帽する▼国内の原発五十基のうち、唯一稼働していた北海道電力の泊原発3号機はきょうの深夜、運転を停止し、四十二年ぶりに「原子の火」が消える。再稼働ありき、という政府の安直な方針を世論が阻んだ歴史的な日になる▼「集団自殺」という言葉で再稼働を求めた政治家がいた。この地震列島で原発に依存したまま、大量の核のごみを未来の子どもに残すことこそ集団自殺の道だろう。「穴」に投げ込みたいのは、命を軽視する政治家や官僚だ。