くわえたばこで、塗料をまき散らす映像を見ると、ペンキ職人が投げやりに仕事をしているようにも見える。それが現代美術の歴史を変えた男ジャクソン・ポロックだ▼生誕百年を記念した展覧会が東京国立近代美術館で開かれている(五月六日まで)。テヘラン現代美術館所蔵の伝説の傑作『インディアンレッドの地の壁画』も初来日した。その評価額二百億円と聞けば、現代アートには門外漢でも興味をそそられる▼初期の作品は、ピカソの影響を強く受けていた。「くそっ、あいつが全部やっちまった!」と叫びながらピカソの画集を床にたたきつけたエピソードは有名だ▼やがて独自の世界を築く。床のキャンバスに塗料を垂らして描くポーリングという技法は、画面から中心をなくしたオールオーバーとともに絵画の常識を大きく覆した▼全盛期の一九四七年から五〇年ごろの作品は無秩序な線が重層的に描かれ、何を描いているのか正直分からない。ただ、凝視していると、無秩序の奥の静謐(せいひつ)さに行き着く気がした。写真では分からない感覚だろう▼ピカソ以上に前衛的な作品を残したポロックは四十四歳の時、自ら運転する車で事故を起こして死亡した。ジェームズ・ディーン(享年二十四歳)、サックス奏者チャーリー・パーカー(同三十四歳)とともに、米国では悲劇の三大ヒーローと呼ばれているという。