新潟県佐渡島で上がった小さな命の産声が、日本中にうれしく響くよう。三十六年ぶりに殻を破った野生のトキ。たくましく生き抜き、巣立ち、羽ばたくよう、再生への祈りを込めて見守りたい。
生まれたばかりの小さな命を懐に抱くように、親鳥が口移しに餌を与える姿が、遠目にもほほ笑ましい。「再生」という言葉が、今の日本には、心に染みる。
久々に人の手を借りず、日本の自然の中で生まれた大事なひな。完全復活への第一歩を喜びたい。
トキは江戸時代まで、日本海側を中心に、普通に見られる鳥だった。「日本書紀」や「万葉集」にも「桃花鳥」という名で現れる。
とき色の羽根は美しく、装飾品にも食用にもなる鳥だった。だから乱獲の憂き目にあった。ドジョウやカエルを探して田んぼを歩き回るため、害鳥として気軽に駆除された。人口が増え、経済活動が活発になるに連れ、田んぼ自体が減った。餌とすみかを失って急激に姿を消していったのは、他の絶滅種と同じである。
一九三〇年代から始まった保護の歴史は長い。だが、日本産のトキは九年前に絶滅し、佐渡の野に放たれた七十八羽は、中国系。代を重ね、再びこの国の風土に定着するには、時間がかかる。天敵も多い。大切に見守りたい。
はじめての小さなひなは、多くのことを教えてくれる。
トキ復活は、政府の保護、繁殖活動だけではなしえない。佐渡島は、島を挙げてトキの復活に取り組んだ。効率的な近代農法を改めて、水田がトキの餌場に戻るよう、農薬を減らし、耕さず、冬の間も水を抜かない農法を取り入れた。その田んぼで取れたコメを高値で買って、農家を応援する人もいた。一つの命を守り育てていくためには、地域のつながりが欠かせない。トキ復活は地域再生のたまものであり、象徴なのである。
生物を絶滅に追いやることはたやすいが、傷ついた種や生態系の再生は、膨大な費用と手間をかけても、極めて難しい。共存する多様な命を今大切に扱うこと、多様性を尊重することが、めぐりめぐって人間の命と社会を守り、未来へと持続させる力になる。
ひなたちの成長を日本中が期待を込めて見守っている。それは恐らく、学名ニッポニア・ニッポンという美しい鳥の復活が、日本再生への道のりに、重なって見えるからだろう。その意味を子どもたちに話したい。
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