自宅マンションのベランダから見下ろせるヤマモモの木に、つがいのキジバトが巣をつくったことがある。卵を何個か産み、ひなが孵(かえ)るのを期待していたある日、激しい鳴き声が飛び込んできた▼二階ぐらいの高さにあった巣を忍び寄ってきたネコが襲った。卵は地面に落ち、悲しげな声を出していたキジバトは戻ってこなかった。小さな庭で繰り広げられた厳しい生存競争だった▼新潟県佐渡市で三十六年ぶりに自然界での孵化(ふか)が確認された国の特別天然記念物トキも、カラスやテンという天敵との戦いが待ち受ける。無事に巣立ちを迎えられるのか、やきもきする日があと四十日ほど続く▼江戸後期の俳人加舎白雄(かやしらお)に<はるかぜに吹かるる鴇(とき)の照羽かな>という句がある。ニッポニア・ニッポンの学名も示すように、明治の初めまでトキは水田や湿地にすむありふれた鳥だった。開発が進み、水田環境が激変し、農薬汚染や乱獲もあり、野生種は絶滅してしまった▼佐渡の人たちは、休耕田や池を整備して餌場作りを進めるなど保護に向けた動きを続けてきた。減農薬、減化学肥料で作った米を全国に売り出し、作付面積は四年で三倍に広がったという▼その献身は、経済発展を優先して自然を破壊した明治以降の日本人を代表しての罪滅ぼしのようにも見えてくる。最大の天敵は人間だったことを忘れないようにしたい。