北アイルランドのベルファスト市を訪れたのは、三千人を超える死者を出したキリスト教宗派の対立が和平合意に達し、政党指導者にノーベル平和賞が贈られた一九九八年だった。宗派が違う人が住む地域を隔てる高い壁は、まだ残っていた▼不況に沈んでいたその港町が今、空前のブームに沸いている。豪華客船タイタニック号が沈んでからちょうど百年。建造地のベルファストには博物館がオープン、高級ホテルも数多く開業し雇用が生まれているという▼氷山に衝突した背景には蜃気楼(しんきろう)の影響があった、という新説も唱えられている。悲劇の事故への関心が薄れないのは、沈没することなどは想像できない巨大客船だったからだろう▼「絶対安全」と専門家が太鼓判を押した日本の原発も、取り返しのつかない事故を起こした。その収束も見えない中、政府が出した関西電力大飯原発の再稼働へのゴーサイン。ここまで国民の声を無視した「見切り発車」は珍しい▼つい先日まで再稼働反対を公言していた枝野幸男経済産業相はきのう、福井県を訪れ、知事とおおい町長に協力を要請した。結論が決まっているのに、世論への配慮をにじませた芝居は演技賞ものだ▼「原発ゼロ」を阻止したいという理由で、電力需要や供給能力の精査もせず、国民の声という「制御棒」まで吹き飛ばした野田政権は、沈みゆく船である。